🏛️ 歴史の謎

三星堆遺跡が突きつける謎——古代中国に「異質な文明」が存在した痕跡

四川省で発見された三星堆遺跡。そこから出土した遺物は、同時代の中国文明とは明らかに異なる造形を持ち、研究者たちを今も困惑させている。

この記事の入り口になった動画

四川の田んぼの下に眠っていたもの

1920年代、四川省の農村で農民が偶然、精緻な青銅器や玉器の破片を掘り当てた。それが三星堆遺跡との最初の接触だったとされる。本格的な発掘調査が進んだのはそれから数十年後のことで、1980年代に入って初めて、この遺跡の全貌が少しずつ姿を現し始めた。

出土した遺物の数と多様さは、研究者たちの想定をはるかに超えていた。黄金の仮面、縦に長く突き出た目を持つ巨大な青銅像、高さ数メートルにもおよぶとされる青銅の神樹。それらは同時代の中原文明——殷や周の遺物——とは、造形の思想がまったく異なっていた。

「縦目」の仮面が示す断絶

三星堆遺物の中で最も強烈な印象を与えるのが、「縦目仮面」と呼ばれる青銅製の顔面だ。眼球が水平ではなく前方に大きく突き出した、人間離れした造形で、古代中国の他の遺跡からは類似するものが見つかっていない。

一部の研究者は、この造形が何らかの神話的・宗教的存在を表したものだと解釈する。一方で、三星堆を擁した「古蜀」という王国が、中原とは独立した独自の文化圏を形成していた証拠だという見方もある。文字記録がほとんど残っていないため、この文明が何を信仰し、誰を王として戴いていたのか、詳細は今もほとんど分かっていない。

シュメールや古代エジプトとの造形上の「類似点」を指摘する声も一部にあるが、これについては学術的な根拠は現時点で確立されておらず、あくまで仮説の域を出ない。異なる文明が独自に似た造形に行き着くことは、歴史上珍しくないからだ。

分かっていないことの多さが、この遺跡の正体

2020年代に入っても新たな祭祀坑が発掘され続けており、三星堆はまだ「調査中」の遺跡だ。出土品の総数は数千点を超えるとされるが、その用途や制作の背景については、解明されていないものが圧倒的に多い。

古蜀の人々はなぜこれほど異質な造形を選んだのか。中原の文明とどの程度交流があり、どこで分岐したのか。そして、この文明はなぜ突然に姿を消したのか。三星堆は答えを与えるより、問いを増やし続ける遺跡だ。確かなのは、教科書が描く「古代中国」の地図が、まだ塗り直し途中にあるということだけかもしれない。

取材・出典

関連するストーリー