フライト19はなぜ消えたのか——14名が帰らなかった夜の記録
1945年12月、アメリカ海軍の訓練飛行隊が大西洋上で消息を絶った。機体も遺体も、今も見つかっていない。
訓練飛行のはずだった
1945年12月5日、フロリダ州フォートローダーデール海軍航空基地を離陸した5機のアベンジャー雷撃機が、そのまま二度と帰ってこなかった。搭乗していたのは14名。いずれも経験を積んだ海軍のパイロットや航法士たちだった。任務は大西洋上での通常の訓練飛行であり、特別な危険が想定されるものではなかった。
飛行開始から数時間後、基地との無線交信で異常が確認される。編隊を率いていたリーダーの交信記録には、方位計が狂い、自分たちがどこにいるか分からないという趣旨の言葉が残されているとされる。その後も断片的な交信が続いたが、やがて完全に途絶えた。捜索に向かった救助機の1機もまた、同じ海域で消息を絶った。
「謎」として語り継がれてきた背景
この事件が長年にわたってバミューダ・トライアングルの「象徴」として語られてきたのには理由がある。現場とされる海域は、フロリダ・バミューダ・プエルトリコを結ぶ三角形の内側に収まる。1970年代以降、この地域での失踪事件を超常現象と結びつける言説が広まり、フライト19はその筆頭事例として繰り返し引用された。
しかし、事後的な調査や研究者たちの分析は、別の可能性を指摘している。当日は気象条件が悪化しつつあり、視界は不安定だったとされる。編隊リーダーが装備していた方位計に不具合があったという記録も残っている。燃料切れによる海上への墜落という仮説が、現在では最も合理的な説明として受け入れられていることが多い。残骸が見つかっていないのも、大西洋の深海という条件を考えれば不思議ではないとする声もある。
それでも残る問い
超常的な説明は、現代の科学的な検証に耐えるものではないだろう。だが、合理的な説明が出そろっても、この事件が人々の記憶に残り続けている理由は別のところにある気がする。訓練飛行に向かった14名が、何の痕跡も残さずに消えたという事実そのものが、人間の想像力に対して問いかけ続けているのかもしれない。
機体はどこに沈んでいるのか。最後の交信の後、乗組員たちは何を見て、何を思ったのか。それを知る術は、今のところない。