始皇帝陵の地下に水銀の海——2000年封印される理由
秦の始皇帝が生前から築き始めた巨大陵墓。地下には今も高濃度の水銀が眠り、現代の発掘技術をもってしても手が出せない状況が続いている。
13歳の王が命じた、終わりなき建造
紀元前247年、ひとりの少年が秦の王座に就いた。後に中国を初めて統一し「始皇帝」を名乗ることになる人物である。即位翌年には、自らが眠るための陵墓の建造が始まったとされる。完成まで数十年、動員された人夫は数十万規模に及んだと伝わる。現在も陝西省に残るその墳丘は、周囲の平野からそびえ立ち、近づけば圧倒的な存在感を放つ。しかし、その内部は今も人の手が届いていない。
史記が記した「地下の罠」
前漢の歴史書『史記』には、陵墓の内部構造について驚くべき記述がある。地下には水銀で作られた河と海が広がり、機械仕掛けで流れ続けているという。さらに、侵入者を感知して自動で矢を放つ弓のからくりが設置されていると記されている。長らく誇張と見なされてきたこの記述だが、1980年代の調査で状況が変わった。陵の土壌サンプルから、通常では考えられないほど高濃度の水銀が検出されたのだ。地下から長年にわたって浸透したと推定されるその水銀量は、古代の記述に一定の根拠を与えることになった。
発掘できない、これだけの理由
水銀は猛毒である。大規模な発掘作業を行えば、作業員への健康被害はもちろん、地下の密閉状態が壊れて内部の遺物が急速に劣化するリスクもある。実際、近くで出土した兵馬俑の彩色塗料は、発掘直後から空気に触れて色が失われていった。本墓を同じ手順で掘り進めることへの躊躇は大きい。加えて、陵の一部はすでに盗掘された痕跡があるという説もあり、手つかずの空間がどれほど残っているかすら定かではない。現在は非侵襲的な探査技術による調査が進められているが、全容解明にはまだ遠い。
2000年以上、地下に閉じ込められたままの空間がある。それを守っているのが、古代の職人が仕掛けた罠なのか、それとも現代科学が追いつけていないだけなのか——問いはまだ、地上に残されている。