三星堆遺跡の異形の仮面——古代中国に眠る謎の文明
中国四川省で発見された三星堆遺跡。巨大な青銅仮面や突出した眼球像など、他に類を見ない出土品は、今なお考古学者たちを困惑させている。
四川盆地に眠っていた「別の文明」
1986年、中国四川省の農村地帯で偶然に発見された遺跡が、世界の考古学界に衝撃を与えた。三星堆遺跡である。発掘された二つの祭祀坑から、それまでの中国史の常識に収まらない遺物が次々と姿を現した。
最も目を引くのは、青銅製の大型仮面だ。横幅が1メートルを超えるものもあり、眼球部分が数センチも前方に突き出している。現実の人間の顔とはかけ離れたそのフォルムは、「縦目仮面」と呼ばれ、古代文献にも「その目は縦に突き出ていた」と記される伝説上の人物を表している可能性が指摘されている。しかし、その人物が誰を指すのか、なぜこれほど様式化された顔が祭祀に用いられたのか、確かなことは分かっていない。
中原文明とも、殷とも、異なる何か
三星堆の担い手は「古蜀」と総称される集団とされるが、その出自と系譜は謎に包まれている。同時代の殷(商)王朝の青銅器技術と共通点は見られるものの、器形や図像の世界観は明らかに異質だ。青銅製の神木(神々しい樹木をかたどった造形物)や、等身大に近い人物立像など、中原ではほとんど見られない形式が数多く含まれる。
遺跡が位置する四川盆地は、山に囲まれた地理的な閉鎖空間である。独自の文化圏が長期にわたって育まれた土壌があったとも考えられる。一方で、青銅の原料となる錫や鉛の産地、交易ルートの詳細はいまだ解明途上にある。文字記録もほとんど残っておらず、この人々が何を信じ、何を恐れ、誰に祈っていたのか、遺物だけが無言で問いを投げかける。
「どこから来たのか」という問いが尽きない理由
三星堆をめぐっては、その起源について様々な仮説が提唱されてきた。西方との交流を示唆するとされる象牙や貝、遠くメソポタミアとの類似を指摘する研究者もいれば、東南アジアや沿海部との関係を重視する見方もある。近年のDNA分析や炭素年代測定によって、遺跡の年代や集団の構成が少しずつ明らかになってきているが、決定的な答えはまだ出ていない。
確かなのは、三星堆が「中国文明は黄河流域の一元的な発展である」という旧来の図式を大きく揺るがしたという事実だ。広大な東アジアのどこかで、私たちの知らない物語が並行して動いていた。その痕跡が、土の中から仮面の形をして出てきた。あの突き出た眼は、いったい何を見ていたのだろうか。