🏕️ アウトドアの怪・遭難と生還

山奥で「白い女」を見た——猟師・マタギ・自衛隊員が語る共通の目撃談

山に精通したはずの者たちが、山奥で同じものを見ていた。白い女の姿。彼らが口をそろえる体験の正体とは何か。

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山を知り尽くした者たちが「見た」もの

深山に慣れ親しんだ者ほど、山を甘く見ない。猟師やマタギは獣道を読み、獲物の気配を察知する。自衛隊の山岳訓練に臨む隊員たちは、極限状態でも冷静な判断を求められる。そういった「山のプロフェッショナル」と呼べる人間たちが、同じような体験を語り継いでいるという事実がある。

それは、山奥で遭遇する「白い女」だ。

人里から遠く離れた尾根筋や沢沿い、人間がほとんど踏み込まない場所で、白い着物姿の女が立っている、あるいはゆっくりと歩いている。声をかけても反応がない。目が合っているはずなのに、こちらを見ていないような気がする。そのまま木々の間に溶け込むように消えてしまう——。

「幻覚」とは片付けにくい理由

登山経験の浅い人物が極度の疲労や低体温で見る幻覚であれば、説明がつく。だが語り継がれる目撃談の多くは、体力的にも精神的にも鍛えられた者から出ている点が興味深い。

民俗学や山岳文化を長年取材してきたフォトジャーナリストの田中康弘氏は、著書『山怪』の中でこうした体験談を丹念に集めている。田中氏が強調するのは、語り手たちが「怖かった」という以上に「確かに見た」という確信をもって話す点だという。おかしなものを見てしまったという恥ずかしさや躊躇がありながらも、それでも語らずにはいられない——その切実さが、単純な民間伝承とは一線を画している。

また、目撃談には細部に不思議な共通点がある。季節や地域がまったく異なるにもかかわらず、「白い着物」「女の姿」「音がない」という要素がほぼ一致する。互いに面識のない猟師と自衛隊員が、示し合わせたかのように同じ描写をする。

正体については、今も答えが出ていない

山に残された者の霊、という解釈は古くからある。遭難した女性の魂が彷徨っているという見立てだ。一方で、山岳地帯に特有の気象現象や光学的な錯覚が人の形に見えるケースも、科学的には否定できない。あるいは、人間の脳が単独行動中の緊張状態において「人の気配」を過剰に拾い上げるという心理的な説明も存在する。

ただし、いずれの説も「なぜ白い女なのか」「なぜ共通した描写になるのか」を完全には説明しきれない。田中氏自身も、断定的な結論は示していない。大切なのは答えを急ぐことではなく、山がいかに人間の理解を超えた場所であるかを謙虚に受け止めることではないか、と氏は語る。

山は今日も、誰かの目に何かを映している。それが何であるかは、山に入った者だけが知っている。

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